「柿渋染」という果物の柿から抽出した「渋」を利用して、織物や皮革、和紙などを染色する技法をご存じでしょうか。
柿渋を染料として織物などを染めると、風合い豊かな自然な色味が出るだけでなく、防虫剤や防腐剤、防水剤としての効果もあります。
今回は、高三織物が手掛ける自社ブランド「くるまや工房」が製作する、柿渋染のなかでも独特な色味が特徴の「柿泥染」のご紹介です。
目次
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そもそも柿渋染とはどのようなもの?
柿の渋から作られる柿渋液を用いて染める、柿渋染とはどのようなものか、気になる方もいるのではないでしょうか。
ここでは、一般的におこなわれている柿渋染について詳しく解説します。
柿渋染はいつ頃から始まったのか、本来染料ではない柿渋液を染物に利用するに至ったその成り立ちなどもご紹介します。
柿渋染の歴史
柿渋染に使用する柿渋液は未熟な渋柿の絞り汁を発酵させ、数年かけて熟成させて作ります。
日本で柿渋液を使用し始めたのは、平安時代の漆の下塗り剤としてです。
衣類の染料として用いられるようになったのも同じ平安時代で、柿渋で染めた赤茶色の衣服「柿衣(かきそ)」が始まりといわれています。
この柿衣は、下級侍がおもに着用していました。
鎌倉時代の「平家物語」には「柿の衣」として、「源平盛衰記」には「カキノキモノ」の名で登場しており、平安時代以降も衣類の染料として使用されていたことがわかっています。
時代が下り江戸時代になると、歌舞伎役者である市川団十郎が柿渋染を愛用したため、「団十郎茶」の名で呼ばれ広く流行しました。
柿渋染の特徴
柿渋染の織物は自然な赤茶色で、派手さはなくても味のある色味が魅力的です。
空気に触れたり日光に当てたりすると色に深みが増すため、いつも同じ色ということはなく、時間の経過とともに見た目の変化も楽しめます。
また、柿渋を発酵させた液には防虫効果や防腐効果があるため、衣類の虫食いや雑菌繁殖の予防も期待できます。
赤茶色の染め色が魅力的な柿渋液ですが、染料とは別の目的で使用されることのほうが多いです。
防虫効果のほかに防腐・防水効果もあるため、家具や日用品の腐敗予防や耐久度を上げる目的などに使用されています。
アレルギー反応を起こしやすい化学物質を発散しないため、建物の塗料によく使われます。
その他、柿渋液の防水効果を利用したものは、水をはじく昔ながらの和紙で作られた番傘などです。
高三織物「柿泥染」の歴史と名前の由来
高三織物のブランド「くるまや工房」が手掛ける柿渋染が、なぜ柿泥染と呼ばれることになったのか、歴史と名前の由来をご紹介します。
高三織物が柿渋染を生産するようになったのは、当時の会長のデパートでの出来事がきっかけです。
デパートで、和紙を裂いて作られた糸で織り上げた諸紙布(もろしふ)の座布団を見かけ、柿渋と和紙の組み合わせが閃きました。
その後染色と機織に耐えられる素材の選定をし、鉄分を含む水に浸すと糸の色味と強度が高まることの発見を経て、現在の柿渋染が作られるようになります。
また、柿泥染と呼ばれるのは、鉄分を含んだドロドロの水に浸したことが由来です。
現在は、鉄分を含んだ地下水を使用しています。
柿渋染(高三織物)の特徴
柿泥染と呼ばれる高三織物・くるまや工房の柿渋染には、どのような特徴があるのでしょうか。
ここからは柿泥染の色味や効果などの特徴について詳しく解説していきます。
見た目の良さだけではない柿泥染の魅力を知り、柿渋染との違いを探してみてください。
独特な色味
糸を先に染める、くるまや工房製の柿泥染は通常の柿渋染とは違い、黒みを帯びた独特な色味をしています。
柿渋液で染めると糸は赤茶色に染め上がりますが、くるまや工房では柿渋で染めた後に鉄分を多く含んだ地下水に浸けるため、黒っぽい「鉄紺色」と呼ばれる色味になります。
赤茶色から黒っぽい色へ変化するのは、柿渋液の成分タンニンと、地下水の鉄分が化学反応を起こすからです。
鉄紺色は、真っ黒ではありません。
染めたあとに糸を乾燥させると、鉄紺色の奥からにじみ出るように赤茶色が発色し、角が取れた雰囲気になります。
赤茶色の柿渋染も素敵ですが、柿泥染の黒っぽく深みのある茶色は独特で魅力的です。
虫食いから守る防虫効果
くるまや工房の柿泥染に限らず、柿渋染の織物は防虫効果があるため、大切な着物が虫にかじられて穴が開く心配がほとんどありません。
柿渋液の防虫効果は、柿渋に含まれるポリフェノールの一種「カキタンニン」の、虫を寄せ付けない性質によるものです。
柿泥染の織物の繊維にはカキタンニンが染みこんでいるため、柿渋液と同様の防虫効果が期待できます。
いわゆる柿泥染の織物は天然の防虫剤を使用している状態で、臭いが気になる化学薬品の防虫剤をあえて使用する必要がありません。
抗菌と消臭効果
柿渋に含まれるカキタンニンには抗菌効果と消臭効果もあるため、雑菌の繁殖による悪臭を予防できます。
ただし、柿渋液そのものには独特の強い臭いがあるため、漆塗などに使用する場合は気になる方も多いでしょう。
柿渋液の臭いは天日に干して時間が経てば自然と消えていくため、織物への臭い残りは心配ありません。
柿渋を使用した柿泥染にも抗菌効果があり、織物に雑菌が付着するのを防いでくれるため、生地の劣化が起こりにくく着物が良い状態で長持ちするのが特徴です。
また、雑菌の繁殖による嫌な臭いも防いでくれます。
柿渋染(高三織物)の原料と染色方法
高三織物くるまや工房で柿泥染をする際に使用する原料と、染色方法についてご紹介します。
通常の柿渋染が赤茶色になるのに対し、独特の黒みを帯びた茶色が魅力の柿泥染はどのようにしてできるのでしょうか。
原料や染め方を知れば、より柿泥染の奥深い魅力に引き込まれるでしょう。
原料
柿渋染に使用する柿渋液は、渋味成分を多く含む青い渋柿をすり潰してしぼり取った果汁を、冷暗所で1〜3年の時間をかけて発酵熟成させて作ります。
しぼりたての渋柿の果汁は黄緑色をしていますが、発酵が進んだ柿渋液は褐色です。
柿渋液を繊維に染み込ませると赤茶色に染め上がります。
染め上がった糸を、柿泥染の黒みを帯びた独特な色に発色させるためには、タンニンと鉄分の化学反応が必要です。
柿泥染の生産初期は、名前の由来にもなっているように鉄分を含んだドロドロの水を使っていましたが、現在は鉄分を多く含んだ地下水を使用しています。
柿泥染を生産している高三織物くるまや工房のある地域は鉄分を含んだ土壌のため、地下水にも同様に鉄分が含まれています。
染色方法
くるまや工房では織物を染めるのではなく、織る前の糸を染めるのが特徴です。
じっくり寝かせて発酵熟成させた柿渋液に、織物に使用する糸かせ(糸の束)を浸します。
染めムラができないように糸かせを丁寧に揉み込み、柿渋液を十分に染み込ませたら、糸を竿にかけて天日に干して乾燥させます。
日中は外に干して天日にあて、夜はハウスに取り込むという工程には数か月〜半年程度が必要です。
繰り返すことで、色が定着するのと同時に糸の耐久性が上がります。
天日干しの工程のあとは、染色後の色を安定させるために1年間寝かせ、糸が整ったら鉄分を含んだ地下水に浸ける媒染という工程をおこないます。
このときに、赤茶色だった糸が地下水を吸った部分から黒く変色していき、「鉄紺色」と呼ばれる柿泥染の独特の色合いの完成です。
高三織物ブランド「くるまや工房」の柿渋染の織物
ここからは、高三織物くるまや工房が、じっくりと時間をかけて染め上げた柿泥染とも呼ばれる柿渋染の織物のご紹介です。
通常の赤茶色の柿渋染とともに、深い黒みを帯びた色合いが楽しめる織物になっています。
薄く透ける夏の着物用反物のほか、名古屋帯用の反物もあるので、ぜひ想像しながら参考にしてください。
緑と紺色のグラデーションが美しい夏の絹織物
紺を基調に横縞の薄茶から緑、そして紺色へと変わる色のグラデーションと、ところどころに入る白のラインが美しくおしゃれな柿泥染の絹織物です。
日差しが強く暑い夏の日に、紺と緑の涼やかな彩どりが、目を楽しませてくれるでしょう。
生地は光に当たると透けて見えるほど薄く織り上げられ、涼しさを感じさせてくれる夏向きの仕上がりになっています。
暑い夏でも軽い着心地で、長時間身につけていても疲れにくいでしょう。
この反物で仕立てた着物には、帯や小物も夏向けのものをおすすめします。
黒地に控えめな3本の縦縞がポイントの紗紬
暑い夏でもさらりとした肌触りで、涼しく着こなせる紗紬(しゃつむぎ)の反物です。
細い絹糸で織り上げられていて、透けるような薄さと軽やかな着心地が特徴になっています。
黒地に、間隔が不ぞろいの白い3本の縦のラインが落ち着いた色味にアクセントを与えてくれるため、シンプルでもおしゃれな雰囲気が出ます。
縦縞は、細く見える視覚効果があり、着物として着るとスッキリとした印象になるのも魅力的ではないでしょうか。
夏向けの反物のため、仕立てた着物に組み合わせる帯や帯揚げ、帯締めも涼しく蒸れにくい夏物が合います。
薄茶からこげ茶の色味が粋な名古屋帯
和紙から作られた和紙糸を柿渋液と地下水で媒染した、名古屋帯のお仕立て前の反物です。
和紙糸は和紙を細く裂いて撚りをかけて作る糸のため、ところどころ糸をつなぎ合わせた部分が存在します。
その糸のつなぎ目が、反物を織る際に生地の表面に「節」として現れるのが特徴になっています。
織物の表面に節が現れることで、手織りの味がある仕上がりを楽しめるのも魅力の1つです。
色味はクッキリと別れた薄茶からこげ茶までの縦縞が、素朴で落ち着いた雰囲気を醸し出してくれます。
とくに渋く黒みを帯びたこげ茶色は、帯全体の色合いを引き締めてくれるポイントです。
植物柄がおしゃれな絣の織物
絣の織物と聞くと、黒地に白の井桁模様(いげたもよう)を想像する方も多いのではないでしょうか。
実際は、絣に用いられる模様は井桁のみではなく鳥や植物、幾何学模様などさまざまです。
くるまや工房の柿泥染の糸を使用し、伝統的な模様で織り上げた絣の反物は、着物に仕立てると染めと織りの美しさが際立ちます。
使用されている模様は、笹の葉・松ぼっくり・花弁が6枚ある花を組み合わせて唐草状にデザインしたもので「笹蔓文様(ささづるもよう)」と呼ばれています。
笹蔓文様は、季節を問わず着物の柄に用いられているため、通年を通して着用できるのが魅力です。
自然な色味が落ち着いた雰囲気の着物
柿泥で染め上げられた落ち着いた茶系の色が特徴になっている、小千谷紬の上品な着物です。
節のある経糸を使用しているため、表面に浮き出る自然な織り模様と薄く細い黒色の縦縞が、味わい深い仕上がりになっています。
着物に仕立ててあるので、反物よりも着用した際の雰囲気を想像しやすいのではないでしょうか。
年齢を問わず使いやすい色合いのため、お出かけの際にワンランク上のおしゃれを楽しみたい方におすすめです。
柄がないため帯や小物によって表情が変わり、さまざまなスタイルを楽しめるでしょう。
柿渋染のお手入れ方法
柿渋染のような天然の染料で染めた生地は、洗濯すると色落ちしやすいため注意が必要です。
強くこすったり揉み洗いをしたりすると、表面の色がはがれて白っぽく変色するので洗濯時には気を付けましょう。
洗濯する際には、漂白剤が含まれていない中性洗剤か洗濯用せっけんを使用して、手で優しく押し洗いします。
乾燥させるときには、金属に触れると柿渋のタンニンが化学反応を起こし変色してしまう可能性があるため、ステンレス以外の竿やハンガーの使用は控えてください。
また、日光に当たっても変色するため、陰干しがおすすめです。
色落ちが心配な場合は、着物のクリーニングを取り扱っている専門店に依頼したほうがよいでしょう。
柿渋染の経年変化について
柿渋染の織物は、経年による色の変化を楽しめる、いわゆる「色を育てられる」のが魅力の1つです。
柿渋染の織物は、空気に触れたり太陽の光に当たったりすると色が濃く変色します。
購入時には薄めの茶色であったとしても、数年経つと色に深みが増して濃い茶色になっていくのが特徴です。
色の変化はお手入れや仕舞い方によって異なりますが、空気に触れる時間と日光に当たる時間が長ければ、その分だけ色の濃さが増します。
黒みが強くなる場合もあれば、赤茶色が強くなる場合もあり、どのように変化するのか想像するのも楽しいでしょう。
まとめ
柿渋染の特徴や魅力、お手入れ方法などについてご紹介してきました。
味のある赤茶色に染まる柿渋染ですが、くるまや工房で生産される柿泥染は鉄分を含んだ水で媒染することで、黒みを帯びた深い色に発色するのが特徴です。
柿渋染は時間が経つと空気や太陽の光によって色が濃く変色し、年数を重ねるたびに異なる色合いを楽しめます。
色落ちしやすいため、洗濯時は洗濯用せっけんで優しく手洗いし、美しい色合いを長く保てるよう心がけましょう。
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